新学習指導要領が示す「主体的・対話的で深い学び」を実現する方法の一つとして、近年、小学生向けの哲学対話が注目されています。子ども同士が互いの考えを交換し合うなかで、自分の思いや価値観を深く見つめ直すことが可能です。私自身、公立小学校で約20年間教壇に立ち、のちに副校長や教育ライターとして学校現場の支援を続けてきた経験からも、哲学対話を授業に取り入れる意義を強く感じています。
本記事では、授業で使える具体的な質問例や、その進め方のコツをご紹介しながら、実際の教育現場ですぐに活用できるポイントをまとめてみました。
哲学対話とは?
哲学対話とは、自分や他者の考えを問い直し、より深く思考するための対話を指します。ソクラテス式問答法に代表されるように、「なぜ?」「どうして?」というシンプルな問いを重ねることで、自分自身があいまいにしていた価値観や概念を掘り下げ、より明確にしていく作業です。ここでは、哲学対話の基本的な考え方と、小学生に取り入れるメリットをご説明します。
哲学対話の基本
- 目的と特徴を解説
哲学対話は、答えを導き出すことよりも、問い続ける姿勢を育むことが本質的な目的です。「本当にそうなの?」「それはどういう意味?」といった問いかけを繰り返すことで、自分の意見と向き合いながら思考の幅を広げていきます。 - ソクラテス式問答法との関連性
ソクラテス式問答法では、教師が一方的に答えを教えるのではなく、子どもたちの発言に対してさらに疑問を投げかけたり、言い換えをしたりして、対話を深める方法がとられます。これにより、子どもは「自ら考える姿勢」を身につけやすくなります。
小学生に哲学対話を取り入れるメリット
- 思考力・表現力の向上
文部科学省の資料でも「考え、議論する道徳」や「言語活動の充実」が重視される中、哲学対話は子ども同士が自然と意見を交換する機会を増やすことができます。結果として、論理的思考力や表現力を高める効果が期待できます。 - 自己肯定感を高める効果
哲学対話では、正解や不正解を短絡的に決めず、多様な意見を認め合う姿勢が求められます。自分の考えが受け止められることで、子どもたちは自分自身の存在や思いに対して肯定的な感情を持ちやすくなり、自己肯定感の向上にもつながります。
小学生向け哲学対話の質問例
小学生の授業で哲学対話を行う場合、**「子どもが興味を持ちそうなテーマ」**を上手に選ぶことがポイントです。以下では、すぐに授業で活用しやすい質問例をいくつか取り上げます。
思考を深める基本的な質問
一見シンプルですが、どの学年でも取り組みやすく、深い話題に展開しやすい質問です。
- 「幸せとは何だと思う?」
- 幸せの定義は人によって異なります。家庭環境や友人関係などから多様な意見が出やすいテーマです。
- 「正しいことって、誰が決めるの?」
- 倫理観や価値観を見直すきっかけになります。道徳の時間とも関連づけられるので、授業の関連性を高めやすいでしょう。
具体的なテーマ別質問例
子どもが日常的に感じている疑問や興味をもとにテーマを設定すると、スムーズに対話が進みます。
- 友情について: 「友達ってどんな存在?」
- 「仲がいい友達とそうでない友達の違いは?」「友達がいないとどうなる?」など、さらに問いを重ねやすいジャンルです。
- ルールについて: 「ルールは絶対に守るべき?」
- 校則やクラスの約束事など、身近な事例から、ルールの必要性や例外の有無を話し合うことができます。
- 正義と悪について: 「悪いことは必ずダメ?」
- 漫画やテレビ番組で描かれる「正義」「悪」の捉え方を出発点にして、価値判断の根拠を考えさせることができます。
哲学対話を成功させる進め方
いざ哲学対話を始めようと思っても、どう進行していけばよいか悩むこともあるでしょう。ここでは、ファシリテーションの基本と、対話が続かないときの対処法を紹介します。
ファシリテーションのコツ
哲学対話を円滑に進めるには、教員自身が「ファシリテーター」の役割を担う意識が必要です。子どもたちが発言しやすい雰囲気を作ることが何よりも大切です。
- 子どもの意見を否定しない
- 「そういう考え方もあるね」「面白い視点だね」と、まずは受け止める姿勢を示すことで安心感を育みます。
- 質問を掘り下げるテクニック
- 「もう少し詳しく説明してくれる?」など、あいまいに感じた点を再度問いかけると、考えの深掘りが可能です。
- 同じ内容でも「どうしてそう思うの?」という問いを重ねると、さらに論理的な思考へと導きやすくなります。
対話が続かないときの対処法
クラスの雰囲気や子どもの性格によっては、すぐに意見が出ないこともあります。しかし、沈黙は必ずしも悪いことではありません。
- 沈黙を恐れず待つ
- 子どもは意見をまとめる時間が必要です。教員が先に答えを示すのではなく、しばらく考える間を与えることが大切です。
- 他の子どもに意見を求める
- 意見が途切れそうなときは「他に似た経験をした人はいる?」などと話を振ると、異なる視点が出てきて話が盛り上がります。
FAQ
本記事の最後に、よくある質問とその回答をまとめました。導入時の参考にしてみてください。
- Q. 哲学対話の授業時間はどれくらい?
- 一回あたり15〜30分程度の短時間でも大丈夫です。慣れてきたら、道徳や学級活動の時間に組み込みながら拡大していくと良いでしょう。
- Q. 低学年でも哲学対話はできる?
- はい、簡単な問いかけ(「なぜそう思うの?」など)から始めれば、低学年でも十分可能です。最初は絵本や身近な題材を取り入れるとスムーズです。
- Q. 事前準備は何が必要?
- テーマに関連する絵本や映像資料を選ぶなど、子どもがイメージを広げやすい仕掛けを用意すると対話が活性化します。
- 授業者側は「問いかけリスト」をあらかじめいくつか用意しておくと進行しやすいです。
まとめ
小学生向けの哲学対話は、文部科学省の方針である「主体的・対話的で深い学び」を実現する上でも非常に有効な手立てです。自分の考えを言葉にする練習や、他者の意見に耳を傾けるスキルが自然と養われるため、将来にわたって役立つ力を育むことができます。
初めは簡単な質問から取り組み、子どもたちが「話すのが楽しい」「考えるのが面白い」と感じられるようにしましょう。小さな成功体験を積み重ねることで、対話の質も深まり、学級全体のコミュニケーション力向上につながっていきます。ぜひ、授業での導入を検討してみてください。